「春」。静かな冬景色から飛び出す、たくさんの「春」。「春」は、さまざまな空間を香りとともに映し変える。ときには、わたしたちの感情さえも……
そんな、「春」にしか出会えない言葉ってなんだろう?
桜(サクラ)

「桜」に関する言葉はいくつかありました。その中から印象に残った3つの言葉を記します。
花曇(はなぐもり)
桜が咲く頃の、うっすらと白く曇った空模様のこと。
真っ青な空もいいけれど、乳白色の空の下で見る桜は、境界線が溶け合うようなやさしさがあります。少しひんやりとした空気の中で、静かに花を愛でる。そんな日本らしい、控えめで落ち着いた春の表情。
ーたしかに、晴れの日とは違った意味のやさしを感じるかも〜(ときには個性をなじませます)
桜雨(さくらあめ)
桜が咲く時期に降る雨のこと。
せっかくの満開に雨が降ると少し残念な気持ちになりますが、この言葉を知ると景色が変わります。しっとりと濡れて、より淡く、透き通るように見える花びら。地面に落ちた花びらが雨に流れる様子もまた、この時期だけの忘れがたい景色。
ーたしかに、少し残念気分になるけれど、雨ならではの美しさもあるよね!樹皮や樹皮の模様もくっきりして、花との対比に目が奪われます〜(桜雨、この二文字で情景があふれだす)
花明り(はなあかり)
満開の桜が、夜の闇の中でもぽうっと白く光り、周囲を明るく照らしているように見える様子のこと。
街灯がなくても、桜の木の下だけがふんわりと明るい。まるでお花自体が自ら光を放っているような光景。
ーこれは……空からやさしく舞い落ちる月明かりが桜の花をふんわり包み光を灯す、的な情景かな?(解釈は、自分流)
藤(フジ)

「藤」に関する言葉はいくつかありました。その中から印象に残った2つの言葉を記します。
藤の花見て綿を蒔け(ふじのはなみてわたをまけ)
農事の目安とした言葉です。藤の花が咲く頃が、綿の種をまくのにちょうど良い時期であることを示したことわざ。
ー昔、藤棚は田んぼのすぐそばや農作業が見渡せる場所によくあったそうです。農家の人々が作業の合間にパッと見て確認できる場所に藤棚を作ったりしたそうです。その藤棚は花を眺めながら涼める休憩場所としても機能していたそうです〜(お昼ご飯は藤棚の下で〜)
さらに、藤の花が長く、豊かに垂れ下がる様子を、「稲穂がたわわに実る姿」に重ね合わせて、その年の豊作を占う指標にもなっていた!
藤波・藤浪(ふじなみ)
風に揺れる藤の花房が、まるで波のように見える様子を表す風情ある言葉です。古くから和歌などで好んで使われました熟語。
ー白い部分がキラキラ感をだしているし、海の中から上を見ると、幻想的だよね!
梅(ウメ)

「梅」に関する言葉もいくつかありました。その中から印象に残った3つの言葉を記します。
梅に鶯(うめにうぐいす)
「取り合わせが良いもの」の代名詞「梅に鶯」。江戸時代の川柳では、これに「鰹(かつお)に芥子(からし)」と続きます。
雅な風景のそばに、当時の初鰹ブームという庶民の「食」を並べるのが江戸っ子流のユーモア。当時は当時の高級品ワサビではなく、鼻に抜ける辛味の芥子で鰹を食べるのが最高に粋なスタイルだったそうです。春の美学と旬の味覚をセットで楽しむ、江戸時代の豊かな情緒が伝わる言葉。
ーいつの時代も「食」に対するこだわり、意気込みってスゴイ!でも、鰹の荒波で梅と鶯の余韻がザッバーンって吹っ飛んだぞ!
梅ふふむ
「梅ふふむ」は、初春(2月頃)の季語。梅のつぼみがふっくらと膨らみ、今にも開きそうな様子を指す言葉だそうです。
「ふふむ」は「含む(ふくむ)」の古い形で、つぼみがほころびかける瞬間のこと。
ー梅のつぼみを見ると一気に緊張がゆるんで、春が待てなくなるけれど、きっとこれは、「梅ふふむ」からのエネルギーを受け取った証なのね(わーい)
梅はその日の難逃れ
梅の力で体調を整え、病気という災難を遠ざける。古くから庶民の生活に寄り添ってきた民間伝承のことわざ「梅はその日の難逃れ」。
梅干しが一般家庭の食卓に広く普及したのは、江戸時代に入ってからだそうです。作り方は、現在とほぼ変わらないのだとか!!
ー作り方がほぼ変わらないのにはビックリ!朝ごはんに、梅干しのおむすびが食べたくなってきたぁ〜