海を渡れなかった動物たち。日本列島に引かれた「見えない境界線」とは?

日本の風土って、どこに行っても同じようでいて、実は地域ごとに全然違う個性がありますよね。その理由を深掘りしていたら、偶然「見えない境界線」という不思議な言葉に出会いました!

専門家ではない私ですが、調べていくうちに「えっ、そんな理由で動物の種類が変わるの!?」と驚くことばかりーー

今回は、私自身の備忘録も兼ねて、日本列島に隠された不思議な線を一緒にのぞいてみませんか?

実は「見えない境界線」だらけ!?

日本の風土を深掘りしていくうちに、衝撃的な事実に出会ってしまいました。
なんと、私たちが住んでいるこの日本列島には、地図には載っていない「目に見えない境界線」がいくつも引かれているんです!

しかも、その数に驚きました!!

  • 北海道と本州の間の「ブラキストン線」
  • サハリンと北海道の間の「八田(はった)線」
  • トカラ列島付近にある「渡瀬(わたせ)線」
  • 屋久島と種子島の間の「三宅(みやけ)線」
  • 奄美諸島と沖縄諸島の間の「蜂須賀(はちすか)線」

……などなど。

「ちょっと多すぎませんか!?」と思わず画面に突っ込んでしまったのですが、実は一つの国の中にこれほど多くの生物境界線がひしめき合っているのは、世界的に見てもかなり珍しいことなのだそうです。

普通の国なら、北と南でなんとなく生き物が入れ替わっていく「グラデーション」のような変化が多いはず。なのに日本では、特定の海峡を境に「ここから先はサルの仲間はいません!」「ここから先はリスの種類が変わります!」と、まるで誰かが通行止めをしたかのようにパキッと生き物たちが分かれているんです。

まるで日本列島そのものが、バラバラの場所から集まってきたピースを組み合わせた「巨大なパズル」のよう。

では、なぜ私たちの住むこの国には、こんなにたくさんの「見えない仕切り」があるのでしょうか?

その秘密は、遠い昔の「海峡の深さ」と、生き物たちの「引っ越し事情」に隠されていました!

なぜ日本は「境界線だらけ」になったのか?

いろいろ調べてみると、難しい用語がたくさん出てきて頭が痛くなりそうでしたが……。自分なりに「こういうことかな?」と納得した理由は、大きく分けて2つでした。

1. 海が「見えない壁」だったから

地図で見ると、津軽海峡もトカラ海峡も、ほんのわずかな隙間に見えますよね。「鳥なら飛べるし、動物だって泳げるんじゃない?」なんて思ってしまいます。
でも、実はこれらの海峡はものすごく深いんです。

大昔、地球がすごく寒かった「氷河期」には、海面が下がって今の日本列島の多くが大陸と地続きになっていました。
ところが!深い海峡だけは、氷河期でも「陸の橋」にならず、ずっと海のまま残ったんです。
そのため、歩いて移動していた動物たちにとっては、たった数キロの海が「絶対に越えられない巨大な壁」になってしまった。これが、今も残る境界線の正体だったんです。

2. 日本は「北と南の待ち合わせ場所」だった

もう一つの理由は、日本の形です。

日本は南北に細長いので、北のシベリア方面から来た「寒さに強い生き物」と、南の東南アジア方面から来た「暑さに強い生き物」の両方がやってきます。
それぞれが大陸から渡ってきて、日本列島という細長い廊下で「おっと、ここから先は環境(海峡)が厳しくて進めないぞ」と立ち止まった場所。それが、いくつもの境界線として点在している……

そう考えると、日本って実は、生き物たちの壮大な「出会いと別れの交差点」なんだな、とーー

一番有名な境界線「ブラキストン線」

さて、数ある境界線の中でも、私たちが一番「風土の違い」を実感しやすいのが、北海道と本州の間の津軽海峡に引かれた「ブラキストン線」です。

100年以上前、函館に住んでいたイギリス人のブラキストンさんが、「あれ? 津軽海峡を境にして、北と南で鳥の種類が全然違うぞ」と気づいたのが始まりだそうです。

「クマ」も「リス」も、実は別の種類!

この線がどれほど強力か、身近な動物で比べてみると驚きます。


動物本州(線の南側)北海道(線の北側)
クマツキノワグマヒグマ(より大型!)
リスホンドリスエゾリス
ウサギニホンノウサギエゾユキウサギ
サルニホンザル(野生個体はいない)
シカホンシュウジカエゾシカ

なんと、みんな種類(亜種)が違うんです。北海道に野生のサルがいないのも、このブラキストン線を越えられなかったから。

反対に、本州にはいない「ナキウサギ」や「シマリス」が北海道にだけいるのも、この線の「通行止め」によるものなんです。

なぜ、わずか30キロの海が越えられなかったのか?

青森と函館の間は、一番狭いところでたったの18.7キロ。晴れた日には対岸が見えるほどの距離です。
それなのに、なぜ動物たちは渡れなかったのでしょうか?

それは、津軽海峡がものすごく深くて、潮流が激しかったから。
先ほどお話しした氷河期でも、ここだけは「陸の橋」にならずに海のまま残りました。泳ぎが得意な動物でも、この激しい流れの海を渡り切ることはできなかったんです。

この「線」が作った、日本の豊かな「個性」

もしブラキストン線がなくて、本州にもヒグマがいたら? あるいは北海道にサルがいたら?
きっと、私たちが今感じている地域の空気感は、全く別のものになっていたはずです。

たとえば、「食文化」。北海道の豊かな鮭やニシンの文化は、北の海と、それを糧にする北の生き物たちの循環から生まれました。

あるいは「信仰」。アイヌ文化において、圧倒的な存在感を放つヒグマは「キムンカムイ(山の神)」として崇められてきました。もし本州と同じツキノワグマしかいなかったら、あの力強いカムイの物語は生まれていなかったかもしれません。

「見えない境界線」は、ただ動物を分けただけでなく、その土地特有の「食べ物」や「信仰」、そして私たち日本人が大切にしてきた「風土の個性」そのものを形作ってきた立役者と言えるのではないでしょうか。

南にもあった!「亜熱帯」への扉・渡瀬線

北のブラキストン線に驚きましたが、実は南の海にも、日本の風土を大きく変えている線があります。それが、鹿児島県のトカラ列島付近にある「渡瀬線」です。

ここは、いわば「温帯」と「亜熱帯」の境界線。
この線を越えて南へ行くと、日本の風景は一気に「南国」へと姿を変えます。

  • 生き物の変化: 渡瀬線より南(奄美・沖縄側)に行くと、ハブのような毒蛇が現れたり、アマミノクロウサギのような珍しい生き物たちが主役になります。
  • 植物の変化: 私たちにおなじみのスギやヒノキが姿を消し、代わりにマングローブやガジュマルのような、ジャングルを思わせる植物が勢力を広げます。

ここもやはり海が深く、生き物たちの往来を阻んできました。
北は「ロシアのような厳寒の風土」から、南は「東南アジアのような熱帯の風土」まで。この狭い日本列島の中に、これほど極端な違いがギュッと詰まっているのは、この「渡瀬線」という仕切りが南の個性を守ってきたからなんですね。

結び

境界線を知って、
日本の風土がより奥深く魅力的に!

最初は「見えない境界線」なんて、専門的な難しい話だと思っていました。
でも、こうして深掘りしてみると、その線一つひとつが、私たちが愛する「北海道らしさ」や「沖縄らしさ」という、かけがえのない風土の個性を作ってくれていることを知ることができた。

海峡を隔てて別の進化を遂げた動物たち。
その動物たちと共に歩んできた、各地の食文化や信仰。

次に旅行へ行くときは、ぜひ足元の「見えない境界線」を意識してみたい。
「あ、ここから先はあの動物がいないんだ」「だから、この土地の雰囲気はこうなんだ!」

まだまだ勉強中ですが、この「風土のパズル」のピースを、これからも一つずつ丁寧に探していきたいーー